行政書士試験や公務員試験の民法において、債務不履行は押さえておきたい基本的な内容の一つです。試験勉強だけではなく、日常生活に関わることもあります。
この記事では、債務不履行の定義を説明しつつ、履行遅滞・履行不能・不完全履行について解説します。行政書士試験や公務員試験の受験生は、ぜひ参考にしてください。
債務不履行とは

債務不履行とは、債務者が債権者に対して債務の履行をしないことです。例えば皆さんが友達からお金を借りていたとしましょう。
本来、友達から借りたお金はきちんと返さないといけません。しかし中には借金を踏み倒そうとして、たびたび問題になることもあります。
債務不履行となった場合、債権者側は損害賠償の請求も可能です。民法は当事者の意思を第一に尊重するため、実際にどう取り扱うかは本人たちによって決められます。
債務不履行の種類
債務不履行には、大きく分けて次の3種類があります。
- 履行遅滞
- 履行不能
- 不完全履行
いずれも試験勉強において、押さえておいたほうがよい知識です。
履行遅滞

履行遅滞とは、債務者による債務の履行が遅れることです。例えば自動車会社から車を購入し、10月中には納車する旨の契約を交わしたとしましょう。
しかし12月に納車となった場合、履行が遅れてしまっています。このように履行が遅れてしまったら、原則として債権者は責任を負わないといけません。
履行遅滞の要件は、履行できたにもかかわらず期限内にしなかったことです。この要件に加えて、違法性があるかどうかも勝敗を決める重要な要素となります。どのタイミングで履行遅滞とみなされるかは、債務の種類によって変わります。
確定期限付債務
確定期限付債務とは、あらかじめ履行期が確定している債務です。「10月1日まで自動車を引き渡す」という契約が該当します。
履行期が確定している場合は、その期限が到来したときに履行遅滞とみなされます。一方で客が店で車を引き取るなど、債権者側の協力が必要な取立債務であれば例外です。このケースにおいて、店側は期限内に催告をしなければなりません。
不確定期限付債務
不確定期限付債務とは、履行期が明確に決まっていない債務です。「親が亡くなったら車を譲る」など、いつの日かわからない状態を指します。
このケースでは、以下の2つのいずれか早いほうから履行遅滞となります。
- 期限到来後に履行の請求を受けた
- 債務者がその事実を知った
期限が過ぎただけでは履行遅滞にはならず、あくまで債務者が認識しているのが要件です。
期限の定めのない債務
期限の定めのない債務とは、契約時に期限を定めないで生じた債務のことです。期限を定めていない以上、債権者から履行の請求を受けたときから履行遅滞となります。
この条文の解釈は判例で示されており、厳密には履行の請求を受けたときの翌日から履行遅滞に陥ります。請求を受けたタイミングでは、準備できていないことも珍しくないからです。
一方で消費貸借契約(お金の貸し借り)による返還債務は、催告後さらに相当な期間が経過して履行遅滞となります。金銭は手元にない人も一定数おり、「次の給料が入ったら返済」といった流れにするのが現実的であるためです。
不法行為に基づく債務
例えばAが居眠り運転していたところ、道端を歩いていたBを轢いてしまいました。一般的に居眠りしているAに過失があるため、BはAに対して損害賠償を請求できます。
不法行為による損害賠償債務は、不法行為のときに履行遅滞とみなします。Bが身体的および精神的苦痛を被ったのは、車に轢かれたタイミングであるためです。
履行不能

履行不能とは、債務を履行できない状態になることです。例えばAが不動産屋に訪問し、建物(甲)を購入したとしましょう。
しかし甲が火事に遭ってしまい、Aに引き渡せなくなりました。もし不動産屋の過失により甲が消滅したら、Aに対して債務不履行の責任を負わないといけません。
履行不能と債権者の権利
債務が履行不能となり、常識的に考えて履行するのが難しい場合、債権者は債務の履行を請求できません。用意できないものを求めても、履行が果たされるわけないためです。
その代わり、債権者は契約の解除と損害賠償請求ができます。これらは両方選んでもOKであり、契約の解除をしないで損害賠償することも認められています。
危険負担との関係
債務が履行不能となったとき、しばしば争われるのが危険負担との関係です。ここでも「Aが不動産屋で建物(甲)を買ったものの、落雷による火事のため引き渡せなかった」という例を用いましょう。
原因は落雷のため、Aと不動産屋の双方に過失がない状態となっています。このように両者に過失がない場合、どちらが責任を負うかという概念が危険負担です。
旧民法の危険負担は、債権者主義の考えに基づいていました。上記の例の債権者はAですが、以前は建物が引き渡されなくとも、Aには購入代金を払う義務があったのです。
しかし債権者(A)からすれば極めて理不尽ですし、負担があまりにも大きすぎます。そこで民法改正後は、不動産屋が報酬(反対給付)を得られなくなるといった内容になりました。つまり債権者主義が廃止されたわけです。
ちなみに筆者も、民法改正前の危険負担制度には反対していた一人でした。確かに債務者側は可哀想ですが、実生活で考えると債権者側のリスクのほうが大きいと感じていたので、良い改正だと思います。
履行遅滞中の履行不能
履行不能が履行遅滞中に発生した場合は、民法第413条の2として別途定められています。こちらは民法大改正により、新設された条文です。
そもそも履行遅滞している間、履行不能となったら債務者側が責任を負わないといけません。期限通りに履行していれば、不能に陥ることもなかったからです。
不完全履行

不完全履行とは、債務の履行が見られたものの要件を完全に満たしていない状態です。例えばパンが5個入った、詰め合わせセットを購入しました。
このとき5個あるパンのうち、1個だけ消費期限が1ヶ月切れていたとしましょう。この場合は不完全履行として、債務不履行の責任を負わないといけません。
債務者の責任の取り方は、基本的に履行遅滞か履行不能と同じです。消費期限が切れていないパンを追完できるのであれば、履行遅滞と同じ効果となります。一方で追完できない場合は、履行不能と同様の手続きが求められます。
受領遅滞とは

債務者は期日どおりに履行したものの、債権者が受け取らないケースもあるでしょう。この状況を受領遅滞と呼びます。
ここで問題となるのは、受領遅滞が債務不履行に該当するかです。債務の履行に応対しなかった債権者に、一定の責任を負わせるかどうかには争いがあります。
この争いについては、法定責任説と債務不履行説という2つの見解が存在します。行政書士試験や公務員試験では、双方の説を押さえておいたほうが賢明です。
法定責任説
法定責任説とは、債権者が履行に一定の協力を必要とする考え方です。あくまで「協力」の文字を使っており、拒んだとしても債務不履行は生じません。
ただし、受領の協力には一定の義務が生じるため、何らかの不利益があっても仕方ないと捉えています。法定責任説の立場では、受領遅滞の要件は次のように示されています。
- 弁済の提供があった
- 履行の受領を拒むor受領できない
債務者は、受領遅滞の状態でも弁済の提供をしたと判断されます。ほかにも、供託によって今後の提供から逃れることも可能です。一方で、債務者側の受領遅滞を理由とする契約の解除はできません。
債務不履行説
債務不履行説は、債権者が履行に協力しない場合は債務不履行の責任を負うとする説です。こちらの考え方は、民法1条の信義誠実の原則に則っています。
債務不履行説の立場の場合、受領遅滞の要件は次のとおりです。
- 弁済の提供があった
- 履行の受領を拒むor受領できない
- 債権者に帰責事由がある
帰責事由は「責任が帰属する事由」と言い換えられ、債権者に責任がある場合に受領遅滞が発生すると考えます。
硫黄鉱石の売買契約で売主が拒絶した事件では、最高裁は債務不履行として損害賠償責任を負わせました(最判昭和46年12月16日)。
履行の強制
履行の強制とは、債務を強制的に履行させる規定です。例えば相手がお金を返さない場合、民事執行法の手続きに従えば強制的に回収できます。履行の強制の種類は、大きく分けて次の3種類です。
- 直接強制
- 代替執行
- 間接強制
なお民法では、基本的に債権者の自力救済を禁止しています。自力救済禁止の原則については、以下の記事にも取り上げているのでチェックしてください。
占有の訴えの3つの種類を解説!占有保持・占有保全・占有回収 - 【資格の教室】ヤマトノ塾
直接強制
直接強制は、強制執行の中でもオーソドックスな種類の一つです。名称のとおり、債務者の財産に対して直接的な実力行使をします。
例えば、債務者の所持品を競売にかけてお金に換えるなどの方法があります。直接強制ができるのは、引渡債務の場合に限られているので注意しましょう。
代替執行
代替執行とは、債務者に代わって第三者の人物が債務を履行することです。債務を履行するにあたり、必要となった費用は強制的に債務者に支払わせます。
代替執行ができるのは、代替的行為債務がある場合のみです。代替的行為債務の例としては、建物の収去義務が挙げられます。
「建物を撤去してくれ」と言われたところで、何の資格もない住人が1人でできるわけはありません。そこで、解体業者に収去作業を行わせ、その作業にかかった費用を債務者が支払います。
また憲法の内容で習う、謝罪広告の債務についても代替執行が認められる例として認められました。事件の内容は、下記の記事で取り上げているので確認してみてください。
思想良心の自由の判例!信教の自由もわかりやすく解説 - 【資格の教室】ヤマトノ塾
間接強制
間接強制は、債務を履行しない債務者に対して罰金などを科させる強制執行です。経済的な制裁を与えることで、履行の強制を狙います。
間接強制が認められる債務の種類は幅広く、引渡債務や行為債務に加えて不作為債務も認められます。不作為とは、本来やるべき行為をしないことです。建物の修理が必要なのにもかかわらず、それを怠ったために一部が倒壊して人を巻き込んだケースが挙げられます。
債務不履行のまとめ
債務不履行は、大きく分けて履行遅滞・履行不能・不完全履行の3種類あります。これらの定義だけではなく、債権者が債務者にどのような請求ができるかも併せて覚えてください。加えて、受領遅滞や履行の強制もじっくりと見ていくことが大切です。
今回解説した内容は、行政書士試験や公務員試験でも出題される可能性は高いでしょう。債権の分野でも基本的な範囲となるので、民法全体を理解するためにも繰り返し勉強しなければなりません。