2025年に入ってからあまり見られなくなりましたが、一時期は私人逮捕系ユーチューバーが社会問題の一つとなっていました。私人逮捕系ユーチューバーとは、薬物の取引や痴漢現場に赴いて取り押さえる瞬間をYouTubeに投稿する人のことです。
この記事では、私人逮捕系ユーチューバーの行動がやりすぎかどうかについて法的な目線から解説します。筆者も元公務員であり、不正行為がないかを観察する仕事をしていました。その経験や知識をもとに詳しく記述します。
私人逮捕とは
私人逮捕とは、警察ではなく一般人が犯人を取り押さえることです。基本的に、逮捕の権限は警察官や検察官などと特定の仕事に限られています。
権限が限定されている理由は、不当な逮捕を防止するためです。逮捕は、一般的に人々の身体的および時間的な自由を奪います。
乱用されてしまうと、憲法の掲げる国民の基本的自由を奪いかねません。そのため、一般的には裁判所の出す逮捕状をもって警察や検察官が動くわけです。
ただし、今現在で事件が発生した場合、目の前にいる犯人に逃亡されてしまうかもしれません。そこで、こうした現行犯については私人逮捕も認められています。

一般人が逮捕すると、原則として犯罪になることを覚えておこう!
私人逮捕の要件

私人逮捕の要件は、基本的には現行犯および準現行犯のみです。しかし、現行犯にもさまざまな捉え方があります。主な要件について詳しく説明しましょう。
犯罪・犯人が明白である
現行犯と認められるには、犯罪や犯人が明白でなければなりません。私人逮捕系ユーチューバーのなかには、すでに当該要件で怪しい人が何人か見られます。
「この人が犯人と思った」という理由だけでは現行犯逮捕は認められません。犯行に及んでいることが明らかになった状態で、取り押さえるようにしてください。
ただし、必ずしも自分の目で確かめる必要はありません。自分の子どもが泥棒を発見し、近くにいた父親が捕まえることも可能です。
犯行から逮捕への時間
実際に犯行が行われてから、逮捕までの時間が長いと現行犯逮捕にはなりません。時間が空きすぎると、人は記憶が曖昧(あいまい)になるからです。
たとえば、万引きの犯人を特定したものの、2〜3日後に取り押さえる方法はアウトです(ただし盗品を所持している場合は除く)。犯行を確認したら、すぐに逮捕を行う必要があります。
明確な時間は定められていないものの、犯行後30〜40分程度なら現行犯逮捕を認めた判例も存在します(最決昭31年10月25日)。
逮捕の必要性の有無
犯行の中でも、軽微なものについては原則として現行犯逮捕が禁止されています。例外として逮捕が認められているのは、次のとおりです。
- 氏名不詳(免許証を携帯していないなど)
- 逃亡する恐れがあるとき
軽微な犯罪とは、30万円以下の罰金(暴力行為や経済関連以外は2万円以下)、拘留か科料にあたる罪を指します。人権保障のバランスを考慮して、軽微な犯罪にまで現行犯逮捕をするのは望ましくないという考えに基づいています。
準現行犯
現行犯逮捕の中には、準現行犯も存在します。準現行犯とは、以下の要件に該当する現行犯のことです。
- 犯人と追呼(ついこ)されている
- 盗品や凶器の所持
- 犯行の証拠が体や服にある
- 誰何(すいか)されて逃げる人
この場合も「罪を行い終わってから間もないと明らかに認められる」場合のみに逮捕が可能です。刑事訴訟法ならではの、独特な言葉もあるので日常用語に置き換えて覚えてください。
犯人と追呼されている
追呼とは「泥棒!」や「痴漢!」などと叫ばれながら追いかけられることです。
ドラマを見ると、引ったくりに遭った女性が「引ったくりよ!誰か捕まえて!」と言いながら走るシーンがあるでしょう。この状況であれば、たとえ犯行現場を確認していなくとも現行犯逮捕ができます。
盗品や凶器の所持
盗品や凶器を所持している場合も、準現行犯として認められます。たとえば、自分の財布が見知らぬ人に盗まれたとしましょう。時間をかけて探していたところ、自分の財布を使って自動販売機でジュースを買っている人を見かけた場合、準現行犯の権利を行使できます。
同じく、凶器も対象の一つです。しかし、明らかに犯行で使ったと認識できるものでないといけません(血まみれになっている包丁など)。
ただし、逮捕の瞬間に物を所持していることが要件ではありません(最判昭和30年12月16日)。すぐ近くのゴミ箱に捨てられているといったケースも考慮した判例です。
犯行の証拠が体や服にある
犯行の証拠が体や服にあることも、私人逮捕が許される例になります。たとえば、暴行の被害に遭って倒れている被害者がいたとしましょう。
このとき手が真っ赤に腫れており、顔や服に血が付いている人が近くにいたら準現行犯の対象になり得ます。ただし事件との関連性が、明確でないと逮捕はできません。
誰何されて逃げている人
誰何とは「誰か」と声かけられることです。こうした呼びかけに対し、逃げようとする人も準現行犯で逮捕されるケースが考えられます。
ただし、準現行犯の対象はあくまで「罪が終わって間もないと明らかに認められる」状態です。明白性がないにもかかわらず、声をかけて逃げている人を逮捕してはいけません。見知らぬ人に声をかけられたら、怖がって立ち去るのが普通だからです。
私人逮捕系ユーチューバー
ここで、話を私人逮捕系ユーチューバーに変えたいと思います。2023年あたりからYouTubeで活動する人が増え、SNSで特に問題視されるようになりました。果たして、私人逮捕系ユーチューバーの行為がやりすぎか否かについて考えてみましょう。
やりすぎか否かの判断
やりすぎか否かについては、現行犯や準現行犯の主旨に則っているかが判断するポイントです。現行犯や準現行犯の場合、少なくとも犯罪行為が終わったと明らかに認められなければなりません。
疑惑の段階では、勝手に身柄を拘束する行為は法律的にアウトです。刑法220条によると、違法なやり方で逮捕した人は、3ヶ月以上から7年以下と重い刑罰が課せられます*1。
犯人を映像に映す権利
私人逮捕系ユーチューバーの中には、特定の犯人をモザイクかけないでYouTubeにアップする人もいます。刑法として、この行為に問題がないかも解説します。
人の顔を勝手にYouTubeへ載せる行為は、肖像権侵害の対象です。しかし、刑法では肖像権を取り締まる規定がありません。そのため、罰則はないのが現状です。
とはいえ、他人の顔を勝手に載せると民事訴訟の対象となります。判決次第では、賠償金を支払う場合もあるので気を付けなければなりません。
また、他人の自撮り写真を勝手に公共の電波へ流すと、著作権侵害に該当する恐れもあります。写真を撮影した人物は、著作者として保護されるためです。著作権侵害は、最悪罰則の対象となります。
酷い場合は処罰されるかも
私人逮捕系ユーチューバーには、より良い社会を作りたいという意識から行動に出る人もいるかもしれません。しかし、やり方が真っ当でなければ法律上はアウトです。
警察や司法と関わるうえで、ある程度は情状酌量が認められる可能性はありますが、決して許される行為ではありません。
はじめは、厳重注意で警察も終わらせてくれるとは思います。ただし、何回も注意されたにもかかわらず、行為を繰り返していると逮捕および起訴される恐れがあります。
何よりも正当性がなく身勝手な私人逮捕は、警察の仕事を邪魔しているにすぎません。犯罪者と同じく社会にとって迷惑な存在です。私人逮捕系ユーチューバーをやるのであれば、自分自身がしっかりと法律を守る必要があります。
私人逮捕系の活動の問題点
私人逮捕系ユーチューバーの活動の問題点について解説します。動画を撮影している本人のみならず、我々にも多大な影響が及ぶ恐れもあります。どのような問題があるかを、しっかりと押さえましょう。
冤罪を生む可能性がある
私人逮捕系ユーチューバーの活動は、冤罪を生む可能性があります。特に痴漢は、ただでさえ冤罪の多い問題のひとつです。
被害者が犯人を誤解していたにもかかわらず、無関係な人が私人逮捕系ユーチューバーに取り押さえられる危険も高まります。
仮に駅員室へ行ってしまうと、無実を証明するのは非常に難しくなるといわれています。やり方によっては、1人の人生を奪ってしまいかねません。
痴漢冤罪がなくならないのも大きな問題ではありますが、私人系ユーチューバーがさらにややこしくする恐れがあります。
行き過ぎた実力行使
私人逮捕系ユーチューバーは、体を鍛えている人もそこそこ多いようです。格闘技に自信があるからこそ、見知らぬ人に絡んでいると思います。
しかし、行き過ぎた実力行使によって逮捕するのは逆に刑罰の対象になります。たとえ相手から手が出されても、逆上して殴る蹴るをひたすら繰り返したら過剰防衛です。情状酌量の余地もないと判断されたら、減刑されないこともあります。
また、ユーチューバー側から手を出したら暴行罪あるいは傷害罪の対象となります。この場合、やりすぎとかではなく普通に犯罪者です。
相手に襲われることも
相手を陥れようと付きまとい続けると、逆上して襲われる恐れもあります。私人逮捕系ユーチューバーの中には「最初から命を捨てる覚悟」だと思っている人もいるでしょう。しかし、その被害が周りにいる人にも及ぶ事態も考えられます。
あまりスマホを通して、相手を刺激するのは望ましくありません。周囲の安全を確保する義務も、撮影する側にはある程度求められると思います。
人権の尊重を害される
「私人逮捕では」の見出しでも説明したように、逮捕は人権の尊重に大きく関わる行為の一つです。警察の逮捕さえも、本来は慎重に行われます(日本は令状が簡単に出せる国ではあるものの)。
私人逮捕系ユーチューバーが、バズる目的で動画を撮影していたのなら言語道断です。他人の人権を踏みにじるかもしれないと、肝に命じながら活動しなければなりません。

私人逮捕系ユーチューバーは問題点ばかりだね…

ほとんどが「迷惑系ユーチューバー」だからね。被害者を再生数の道具にしているだけ
ユーチューバーへの対処法
全く罪もない人が、ある日突然私人逮捕系ユーチューバーに絡まれるケースもあるかもしれません。こうしたトラブルに備えるためにも、対処法を確認しましょう。
警察を交えて説明する
私人逮捕系ユーチューバーに絡まれた場合、全くの無実を証明できる場合は警察に連絡するのが得策です。このときは、なるべく人通りの多いところが望ましいでしょう。
1人で私人逮捕系ユーチューバーに対抗しようとせず、警察を第三者に挟んで対応すると相手もさすがに怯むでしょう。
ただし、警察も必ずしも信頼できるわけではありません。特に痴漢現場の場合、被害者に肩入れする可能性があります。
本来、痴漢冤罪を防ぐには「やっていない」と堂々と立ち去るのが良いとされています。また繊維鑑定を依頼したり、弁護士に相談したりするのも方法の一つです。
相手を刺激しない
私人逮捕系ユーチューバーと話す際には、相手を決して刺激してはいけません。下手に手を出されると、自らが怪我を負う可能性もあるからです。
余計な一言を言うことで、喧嘩に発展するのは望ましくありません。毅然とした態度をとり、自分が無実である旨を堂々と主張しましょう。
相手のことを調べる
私人逮捕系ユーチューバーで活動していれば、YouTubeにアカウントが存在するはずです。無実が証明されたにもかかわらず、視聴回数目的でアップロードされるケースも考えられます。
そのため、相手の氏名とハンドルネームの双方を確認しましょう。無断で動画が公開されていたら、YouTubeの通報機能を使うのをおすすめします。
あわせて警察や弁護士に相談してみてもいいでしょう。特に私人逮捕系ユーチューバー本人だけではなく、コメントで誹謗中傷が書き込みされている可能性もあります。これら全てを含めて、法的措置を検討した方が賢明です。
刑法について勉強するには
刑法の考え方を勉強するには、テキストから学ぶことをおすすめします。考え方に偏りがなく、よりフラットな視点で理解できるためです。
初心者向けでも読みやすい本として、木村光江氏が著した「刑法 第5版」をおすすめします。刑法の仕組みがわかりやすく説明されており、筆者だけではなくレビュー上も高く評価されています。
また「人がなぜ犯罪をするのか」という視点に立って勉強したい方には、原田隆之氏の「入門 犯罪心理学」がおすすめです。
筆者も愛読していますが、精神医学の観点から人間と犯罪の関係がわかりやすく説明されています。文章も非常に読みやすく、あっという間に読み切ることができる本です。
私人逮捕系ユーチューバーはやりすぎ
私人逮捕系ユーチューバーは、迷惑行為を働く犯罪者と何ら変わりありません。最初はルールを守っていても、次第に暴走する人も出てくるでしょう。
実際に私人逮捕系ユーチューバーが、警察に注意されている動画も拡散されていました。警察の仕事の邪魔にもなりますし、余計に社会の秩序を乱していると思います。
私人逮捕以外にも、社会に役立つ活動は数多くあるはずです。やりすぎか否かを問う前に、刑法と刑事訴訟法に則っているかで判断することが重要です。
*1:刑法第220条:e-Gov 法令検索