北広島市の生活困窮者向けの宿泊施設で、火をつけた男に心神喪失の判断が下されました。つまり放火の罪は罰しないことになり、男は精神病棟に入院する形となるでしょう。
しかしこの判断に対し、「心神喪失で無罪になるのはおかしいのでは」という批判も少なくありません。ここでは刑法の責任能力について、詳しく解説していきます。
心神喪失とは
心神喪失とは、精神上の障害により物事の是非善悪を弁識する能力がない人です。または是非弁識能力を、制御できない人と定義するケースもあります。
日本の刑法では、第39条に「心神喪失者の行為は、罰しない」と定められています。したがって心神喪失者は、どのような犯罪をしても罪に問われることはありません。
なお心神喪失は、精神の障害で発生していることが条件となります。飲酒については、ただ酒を飲んで犯行しただけでは普通に裁かれますが、病的酩酊にあたる場合は同様の判断が下される可能性もあります。
心神耗弱とは
心神耗弱とは、精神上の障害により物事の是非善悪を弁識する能力が著しく低い人のことです。日本の刑法では、心神耗弱者の行為は必ず減刑する旨が定められています。
心神喪失者とは異なり、無罪になるわけではありません。しかし心神耗弱者が殺人や放火を犯しても、軽い刑罰で終わってしまう可能性は高まります。
責任能力とは
今回の記事で特に押さえてほしいのが、責任能力です。責任能力とは、自分の行動について責任を持つことができる能力を指します。ここでは、責任能力と犯罪の関係について詳しく見ていきましょう。

被害者がいるのに無罪はおかしいのでは?

この原因を知るには「責任能力」を見ておく必要があるよ!
犯罪が成立する条件
犯罪が成立するには、大きく分けて以下の3つの要素がなければなりません。
| 条件 | 定義 |
|---|---|
| 構成要件該当性 | 法律で犯罪と定められた 行為に該当しているか |
| 違法性 | 当該行為が違法とみなされるか |
| 責任能力 | 行為者を非難できるか |
つまり責任能力のないとみなされたら、そもそも犯罪が成立しないわけです。心神喪失者の刑罰は、刑法の基本的な考え方からも否定されています。
責任能力のない人の例
責任能力のない人は、心神喪失者以外にも存在します。最たる例として挙げられるのが、14歳未満の者です。つまり中学校1年生くらいまでの子は、たとえ犯罪しても刑罰の対象にはなりません。
よく14歳未満の者を、未成年者と間違えて覚えてしまう人が一定数います。未成年者でも、14歳に到達していれば刑事罰の対象になる可能性はあります。一般的には少年法で守られるものの、責任能力はあるとみなされるので、間違えないように注意してください。
心神喪失の無罪はおかしいのか
ここからは心神喪失の無罪がおかしいか、個人的な見解も交えながら解説します。刑法について深く学びたい方は、筆者のいち意見も参考にしてください。
現行の刑法をどう感じるかは自由
まず前提として押さえてほしいのが、現行の刑法をどう感じるかは個人の自由であることです。そのため「心神喪失の無罪がおかしい」と主張する声も、決して間違いではありません。
現に筆者も、心神喪失を必ず無罪にする考え方は疑問視しています。現行の刑法が必ずしも正しいわけではないので、自分の意見を持つことは大切です。
一方で、なぜ心神喪失者を無罪にしているか、具体的な理由も知っておかないといけません。刑法を正しく理解していれば、議論もどんどん深まっていきます。
心神喪失者が無罪になる理由

心神喪失者が無罪になる理由は、すべての物事を判断できていないからです。たとえば外で人を殴ったとしても、心神喪失者は自分がどのくらいの罪を働いたか理解できていません。
通常であれば、人を殴ったら相手の痛みもわかるし、どのくらい悪いことをしたか理解できるはずです。一方で心神喪失者に関しては、このような考えができません。
物事を判断できないのは、刑事罰にも影響を与えます。刑法第39条が撤廃されたと仮定し、心神喪失者に拘禁刑を下したとしましょう。
しかし心身喪失者は、なぜ自分が刑務所に拘禁されているか理解できないのです。つまりその者に刑罰を下しても、更生させる効果はほぼありません。刑罰自体が無駄になるので、心神喪失者は罰しないと定められています。
犯罪被害者の人権との関係
心神喪失の規定が存在する理由を理解しても、やはり納得できない方も少なからずいるでしょう。殺人や傷害が起これば、必ず被害者がいるためです。
心神喪失者が無罪になれば、犯罪被害者の人権が蔑ろにされていると感じる方も多いはずです。北広島市の事件についても、2名の方の命が奪われてしまいました。また北九州市の事件は心神耗弱の扱いですが、中学生の尊い命が奪われています。
いくら責任能力がなくても、実際に人の命が奪われていたら罰するべきと考えるのは、いち国民の立場からすれば不自然ではありません。また精神鑑定が100%正しいのか、現代の医療観察の精度があまり語られない状況も、納得しにくい要因の一つとなっています。
無罪の心神喪失者は社会に出る?
心神喪失者に無罪が下されたとき、そのまま社会に放たれるのではと不安に感じる方もいるでしょう。ここでは心神喪失の判断が下されたあと、どういった手続きをとるか詳しく解説していきます。
医療観察が適用される
心神喪失者が無罪判決を下されたとき、特定の罪を犯したときは医療観察が適用されます。医療観察を簡単に説明すると、医療施設に強制入院させる処分です。特定の罪には、殺人罪や放火罪、強盗罪、不同意性交罪、不同意わいせつ罪などが該当します。
強制入院の措置をとるかを決めるのは、基本的に裁判官です。したがって心神喪失者で無罪になっても、社会にそのまま出されるわけではありません。
退院できるケースはあまりない
たとえ強制入院したとしても、すぐに退院できるのではと疑問に感じる方もいるはずです。しかし医療観察が適用された者は、よほどの事情がないと社会には出られません。
仮に本人が退院したいのであれば、病院の責任者が地方裁判所に許可をもらう必要があります。症状が治まらないと当然退院は認められず、令和6年版の犯罪白書では250件のうち90件しか受理されなかったようです*1。
パーセンテージで表すと、36%程度なので思った以上に高いと感じるかもしれません。しかし当該数値は、あくまで申立件数からみた受理件数です。
医療観察を受けている者の中には、そもそも地方裁判所への申し立ての段階に進まない方もいます。そう考えると、水準はさらに低くなります。
心神喪失者の再犯率も低い
意外に感じるかもしれませんが、退院した心神喪失者の再犯率は低いと考えられていることも有名です。こちらは一次サイトかつ近年のデータを調べるのは難しかったのですが、通常の再犯率よりは低いとも言われています。
マスコミは珍しい事件をピックアップして報じる傾向にあるため、精神疾患者の犯罪が多いように感じてしまいます。しかし「心神喪失者は絶対に再犯する」といった話もほとんど根拠がありません。

心神喪失の実態についてわかりやすく報道してくれるとありがたい

1つの事件を連日報道するから、あたかも頻繁に発生していると錯覚するよね
心神喪失と無罪に関するまとめ
統計上は、心神喪失者の犯罪・再犯率が低いといえます。しかし実際に心神喪失者の行為により、命を落とす人がいるのも事実です。犯罪や再犯率が低いからといって、今後の対策は考えていかなければなりません。
責任能力の仕組みからいえば、心神喪失や心神耗弱のシステムは大切です。ただし現行の制度のままで問題ないかどうかは、定期的に振り返る必要があります。法律を感情的に解釈してはいけないものの、人々の感情に全く寄り添わないのも危険かもしれません。
心神喪失と心神耗弱については、筆者が運営しているnoteでも解説しました。こちらはより深掘りしているため、有料ですが気になる方はぜひ参考にしてください。
*1:令和6年版犯罪白書(P252参照)https://www.moj.go.jp/content/001432736.pdf