行政書士試験や公務員試験の憲法において、恐らく印象に残りやすい事件としてエホバの証人輸血拒否事件が挙げられるでしょう。最高裁の判例を読んで、驚いた人も一定数いると思います。
この記事では、行政書士の資格を持っている筆者がエホバの証人輸血拒否事件をわかりやすく解説します。行政書士試験を受験される方は、ぜひ参考にしてください。
エホバの証人輸血拒否事件とは
エホバの証人輸血拒否事件とは、国民の人格権について争われた事件の一つです。最判平成12年2月29日に決着がつき、有名判例として知られています。
事件の概要
肝臓がん(悪性の肝臓血管腫)の診断を受けたXは、エホバの証人を信仰していました。エホバの証人の聖書には「血を避けるように」と記されています。その理由は、血を神聖なものと扱っているためです。
Xは手術をするにあたって、輸血を拒否することを病院にあらかじめ明示していました。しかし病院は輸血以外に助かる可能性はないと判断し、輸血の可能性を伝えずに手術を進めます。
結果的に手術は成功しましたが、Xは輸血されたことを理由に、国および医師に対して賠償金(1200万円)を請求しました。
地方裁判所の判決
東京地方裁判所の判決では、Xの請求を棄却します。病院が「輸血を絶対にしない」と契約を結ぶことは、公序良俗に反する恐れがあると判断したためです。
また輸血をする旨の説明をしなかったとしても、拒否される恐れがあったことから直ちに違法といえないと考えます。判決に納得がいかないXは、東京高等裁判所に控訴します。この間にXが亡くなったため、配偶者および子が訴訟を引き継いだようです。
高等裁判所の判決
控訴審を担当する東京高等裁判所は、地方裁判所とは異なりXの請求を一部認めました。医師や国に対して、55万円の賠償金の支払いを命じます。
輸血の拒否はあくまで病院とX間の契約であり、公序良俗に反する心配はないと考えました。さらに輸血の拒否で死亡したケースでも、病院側が刑事訴追をされた過去がなかった点も、判決に考慮されています。
一方でXの信念を把握していたあたりから、輸血に関する説明をするべきだったとも論じました。最終的に意思決定のチャンスを奪ったとして、医師および国の過失の説明義務違反を指摘したわけです。
エホバの証人輸血拒否事件の判例
結論から言うと、エホバの証人輸血拒否事件では病院側が敗訴しました。手術は無事に成功したにもかかわらず、敗訴したことに驚く人もいるでしょう。
ただし宗教上の信念や人格権のルールは、命の問題とも極めて複雑に絡み合っています。最高裁の判旨を紹介するので、どのように結論が出されたかを押さえましょう。
Xの人格権を尊重した
病院側が敗訴した理由は、Xの人格権を侵害してしまったためです。もちろん病院には、人の命や健康を守るといった使命があります。エホバの証人輸血拒否事件においても、あくまでXの命を守るために輸血をしました。
しかしXは、自分の宗教上の信念に反するとして、輸血はあらかじめ拒否する旨を意思表示しています。たとえ命に関わる問題でも、人格権の内容として尊重されないといけないと最高裁は考えたわけです。
病院側の説明責任に触れた
病院側は、Xの輸血を拒否する意思が固いことを知っていました。つまりXからすると、輸血をしないで手術に臨める期待をしているわけです。
しかし病院側は、手術の際に輸血が必要となる可能性があるにもかかわらず、救命活動の際には輸血する方針であることをXに説明していませんでした。したがってXは、輸血込みの手術を受けるかどうかを意思決定するチャンスが奪われてしまいます。
こういった部分を考慮し、最高裁は病院側に損害賠償責任があると判旨しました。病院および国側の上告を棄却して、控訴審の55万円の支払いを採用します。
判例を見るときの注意点
エホバの証人輸血拒否事件について見るときは、いくつか注意しなければならないポイントがあります。判例の解説の部分も、詳しくチェックしておきましょう。
自己決定権に触れていない
エホバの証人輸血拒否事件において、最高裁が判例で触れたのは人格権です。自己決定権には言及していないので、この辺りを混同しないようにしましょう。
人格権は、憲法第13条の幸福追求権にて保障されている権利です。名誉権やプライバシー権も、本質的には人格権の一種といえます。
一方で自己決定権は、インフォームドコンセントなどを例に公権力の干渉を受けず、自律的な決定ができる権利です。同じく憲法第13条にて保障されると考えられていますが、判例では自己決定権の存在には触れていません。
最高裁判例のポイント
患者の命を助けたにもかかわらず、医師側が敗訴したことを不思議に感じた人は少なからずいるでしょう。最高裁判所も、医師が人命を救おうと尽力した点は考慮しています。
あくまで医師側に過失があると考えたのは、患者が自分で意思決定するチャンスを与えなかったためです。極端な言い方をすれば、患者の望まない治療を医師側が無理強いしたとも表現できます。
自分の信念を守るためであれば、命はいらないと考えるのも患者側の権利です。とはいえ個人的には、病院側を責めようとも思いません。お互いに信念があり、結果的に訴訟沙汰となっただけで、善悪の話ではないからです。
エホバの証人輸血拒否事件まとめ
行政書士試験の対策として、エホバの証人輸血拒否事件で押さえてほしいのは、自己決定権には一切触れていない点です。あくまで人格権の一つとして原告の利益を保障し、医師や国側の敗訴につながりました。
病院側の敗訴に驚くかもしれませんが、賠償金は請求額の1200万円から55万円と大幅に減額されています。意思決定のチャンスを奪ったのを過失と捉えつつも、病院側の命を守るといった姿勢も高裁と最高裁は汲んだといえます。
エホバの証人輸血拒否事件は、数ある判例の中でも知っておきたい種類の一つです。法律の勉強においては、ぜひ優先的にチェックしてください。