2025年6月1日から刑法のルールが変わり、懲役刑・禁錮刑に代わって拘禁刑が誕生しました。刑法の大々的な改正がなされ、驚いた人も一定数いるでしょう。
この記事では、拘禁刑の具体的な仕組みと懲役刑との違いについて解説します。行政書士試験に関係ないと思いがちですが、基礎法学で狙われる可能性は十分あります。応報刑論と目的刑論についても解説するので、ぜひ参考にしてください。
拘禁刑とは
拘禁刑とは、刑法の懲役刑と禁錮刑が一本化された制度です。今までの日本では、懲役刑と禁錮刑が採用されていました。
懲役刑は、犯罪をして逮捕された受刑者に対して「刑務作業」という罰を与える方法です。一方で禁錮刑は、原則として刑務作業する義務はなく、牢屋で大人しくさせる罰でした。
しかし禁錮刑でも、人によっては20年近くの刑期を言い渡されることがあります。20年という年月を、刑務作業もせずにただ牢屋で過ごすのは耐えられないでしょう。
そのため禁錮刑を言い渡された受刑者にも、本人の希望により刑務作業が認められていました。実際、刑務作業を選ぶ人が大半でした。
こうした現状もあり、そもそも禁錮刑の存在意義がなくなりつつあったわけです。そこで禁錮刑の廃止とともに、懲役刑のあり方を見直したのが今回の改正でした。
拘禁刑と懲役刑の違い
懲役刑と禁錮刑の一本化という言葉だけを見ると、拘禁刑と懲役刑は大して変わらないと感じる人もいるでしょう。しかし改正刑法では、刑罰の考え方に変化が見られています。具体的にどのような違いがあるかを解説します。
処罰から教育へ
これまでの懲役刑は、犯罪をした者に「刑務作業」という罰を与えるのが狙いでした。もちろん運営するうえで、多少は教育の目的もあったものの、再犯者率が大きく下がらないといった課題も抱えていました。
その理由は、作業の内容にあります。刑務作業は細々とした仕事が多く、社会で活用できるスキルを与えていたわけではありません。
仮に釈放されて社会へ出されても、職に就けず再犯する人が一定数います。そこで再犯者率の改善を図るべく、教育という部分に注目したのが拘禁刑です。
もちろん、従来の細々とした刑務作業の一切がなくなるわけではありません。ただし作業の目的を共有したり、講義を実施したりと取り組み方が大きく変わります。刑務作業に対する「動機づけ」を受刑者に持たせるためです。
個別に教育プログラムを用意する
懲役刑の場合、受刑者の特性をそこまで深くは考慮せず、同じ刑務作業をさせるのが主流でした。しかし犯罪に至るまで、一人ひとりには異なる背景があります。個人の背景に合わせ、より効果的なプログラムを用意するのが拘禁刑の狙いの一つです。
例えば精神障害を抱えている受刑者の場合、まずは精神状態を安定させるための福祉的支援が実施されます。福祉の専門家を招き、障害者手帳を取得させたり、出所後のサポートしたりと支援をします。
加えて薬物を利用して有罪判決を受けた者は、依存症を治すところから始めないといけません。こうした個人の特性に合わせ、再犯の防止を図ります。
就労支援を実施する
拘禁刑に改正されたことで、就労支援にもよりフォーカスが当てられるようになります。これまでの懲役刑でも、受刑者に対する就労支援自体はありました。
しかし再犯者率の大幅な改善は見られず、社会で上手くやっていけずに刑務所へ戻ってくる人も少なからずいました。そこで積極的に就労支援を実施し、包括的なケアを施すのが拘禁刑の目的です。
具体的にはハローワークと連携しつつ、受刑者の希望に合わせた面談やグループワークが実施されます。さらに民間企業とも連携することで、受刑者の就労意欲を育ませます。より柔軟な社会復帰を目指すのが、今回の改正の狙いです。
拘禁刑に効果はあるの?
懲役刑から拘禁刑に変わったとしても、筆者は短期間で効果が生じるとは思いません。このような改正は、長い年月を経て徐々に形に表れてくるからです。
理論的にいえば、徹底したサポートを受けながら社会に出たほうが、再犯の可能性は高いと考えています。しかし世の中は理屈ですべてが動くわけではないので、現実社会でどのような効果が生じるかは様子を見る必要があります。
ここで個人的に危険だと思うのは、メディアによる煽動が偏見を生むことです。先程も述べたとおり、法律の改正はそう簡単に成果として出ません。
しかし1年後や2年後、再犯者率が不変・微増であると「拘禁刑で治安が悪化」とメディアが煽る恐れもあります。そうなると、国民にも不安が生じてしまうでしょう。
応報刑論と目的刑論
刑法でしばしば取り上げられるのが、応報刑論と目的刑論の考え方です。これらの考え方については、法律を使ったさまざまな試験でも問われる可能性があります。試験対策として、それぞれがどういった考えに基づいているかを押さえてください。
応報刑論=犯罪への報い
応報刑論とは、刑罰の存在意義を犯罪への報いと捉える考え方です。犯罪者は社会的に悪い行為をしているため、報いを当たり前のように受けるべきという考えに基づいています。
応報刑論を唱えた有名な人物が、ドイツ(プロイセン)の哲学者であるカントやヘーゲルです。中でも彼らは絶対的応報刑論の立場であり、刑罰に「犯罪の予防」という概念を取り入れませんでした。
一方で同じドイツの哲学者であるフォイエルバッハは、一般予防論に基づく相対的応報刑論を提唱します。彼は刑罰の苦痛が犯罪の快楽より大きければ、理性のある人間なら犯罪を避けるという考えを編み出しました。
目的刑論=犯罪の抑止
目的刑論は、刑罰の存在意義を犯罪の抑止と捉える考え方です。大きく分けて、一般的予防論と特別予防論の2種類があります。
一般予防論は、刑罰の存在自体が犯罪に対する威嚇になっているとする理論です。つまり犯罪者以外の第三者に対しても、威嚇という効果が発揮します。
一方で特別予防論は、教育と無効化の2つの効力があると考えられています。教育は、今回の拘禁刑の考え方にも基づく理論です。一方で無効化は社会からの断絶を意味しており、死刑はその最たる例ともいえます。
日本は応報刑論か目的刑論か
日本の刑罰の考え方は、応報刑論と目的刑論のどちらにも偏っていないのが特徴です。両者の特性をそれぞれ用いつつ、柔軟に刑罰を実施しようと考えています。
そもそも応報刑論と目的刑論は、対立し合う概念ではありません。特にフォイエルバッハの唱えた相対的応報刑論は、応報刑論と目的刑論を上手く取り入れた考え方といえます。
犯罪行為をした以上、「処罰」として刑罰を与えるのは個人的にも賛成です。一方で「処罰」の感情だけでは、社会全体の秩序が良くならないのも事実といえます。
たとえ犯罪者を処罰しても、自らの過ちに気づかず再犯する可能性が高まります。「全ての犯罪を無期懲役や終身刑にすればいい」と思うかもしれませんが、「どの犯罪に手を染めても刑期が変わらない」ため、より凶悪化な犯罪を選ぶ恐れがあります。
社会秩序を保たせる根本的な要素は「教育」です。一人ひとりの特性に合った教育を施し、それぞれのフィールドで活躍できる社会にすることが、犯罪の抑制にも近づけるのかもしれません。
今回の内容については、YouTubeでも動画として説明しています。雑談形式ですが、ぜひこちらも併せて参考にしてください。
拘禁刑に関するまとめ
この記事では、行政書士試験の基礎法学として拘禁刑について説明しました。時事問題の要素も含みますが、応報刑論や目的刑論も併せて基礎法学では重要な概念です。
刑法や刑罰のあり方を知っておくと、今後の時事問題を見ていくうえでも役に立ちます。刑罰に関するニュースは感情論に走りがちですが、ぜひ法学的な目線も大事にしてください。
拘禁刑の運用が日本社会にどう影響を与えるか、答えが出るまで長い年月を要します。メディアに惑わされることなく、冷静に物事を分析できるようにしましょう。