私たちが生きていくうえで、欠かせない存在が人権です。特に、憲法でも示されている幸福追求権は日本国民の生活において重視されています。
ここでは、幸福追求権が争われた判例について紹介します。公務員試験を含め、憲法が科目にある試験では非常に問われやすい内容です。記事を参考に、少なくとも判例の結論部分は押さえてください。
幸福追求権とは
幸福追求権とは、憲法13条で保障されている自由に生活するための権利のことです。人々が「個」として尊重され、人生における選択を自らする自己決定権がカギを握ります。
憲法13条では、主に以下のような権利があるとされています。
- 生命
- 自由
- 幸福追求
主に影響を受けているのは、イギリスによる支配からの解放を目指したアメリカ独立宣言です。幸福追求権のもとで、次の新しい人権も誕生しました。
- 環境権
- プライバシーの権利
- アクセス権
中学校公民でも習ったと思います。しかし、新しい人権を憲法上の権利として認めた判例は本当にごく少数です。
国民が「個」として尊重されるのは、今の時代では特に大事だね
でも戦前の大日本帝国では「全体主義」が当たり前で、「個」として尊重する考えはあまり浸透していなかったんだ
各判例紹介
ここでは、憲法の試験にも出題される幸福追求権の判例をひと通り紹介していきます。どの判例も超重要なので『結論』を最優先に覚えましょう。
違憲とされたケース
まずは、ある行為が憲法に違反する(違憲)と結論を下された判例を紹介します。一般的な価値観では判断しづらいため、理由も合わせて覚えるのをおすすめします。
エホバの証人輸血拒否事件
幸福追求権の判例で、代表的な例がエホバの証人輸血事件です。
エホバの証人に入信していた方が、大病を患って手術を必要としていました。その際に、輸血を受けるのは信念に反するという旨を医師に伝えていたそうです。
しかし、医師側は必要なのに輸血をしないと殺人罪として基礎されてしまいます。こうした関係もあり、患者の意思に逆らって輸血をしました。
結果として、患者の命は助かります。しかし、親族は信教の自由を脅かしたと輸血をしたことに訴えを起こしました。
一般的な感覚では、医師は患者の命を救ったのだから責められるのは筋違いだと思うでしょう。
しかし、裁判所は『患者の人格権を尊重すべき』として十分な説明を行わないで輸血した行為を違法としました。
試験でも引っ掛けとして出されやすいポイントですが、この事件は「人格権」の内容として尊重されるべきと判断された事件です。「自己決定権」については言及されていないため、文章はしっかりと読んでください。
前科照会事件
前科照会事件は、弁護士が区役所にある人の前科および犯罪歴の照会を求めたところから事件が始まります。
とある自動車学校の指導員(B)が、地位保全の仮処分で従業員の地位が仮に認められていました。地位保全の仮処分とは、労働者の解雇や人事異動によるリスクを回避するための処置です。
自動車学校に依頼された弁護士は、従業員の前科や犯罪歴の情報が欲しいと区役所に求めました。区役所は言われたとおり照会してしまい、Bが過去に道路交通法違反や暴行罪の前科があると判明します。
結果的にBは前科および犯罪履歴が原因で解雇されるものの、本人はプライバシーの侵害と激怒しました。
裁判所も、種類や軽重を問わずにすべて報告するのは違法と判断します。前科や犯罪履歴の情報も、みだりに公開されない法律上の保護に値する利益を有するとしました。人の名誉や信用に直接関与するためです。
早稲田大学名簿無断提出事件
早稲田大学で外国国賓の講演会が行われた際に、学生の氏名や住所、電話番号を記録したものを大学が警察に開示しました。対して、情報を公開された学生らはプライバシーの侵害だと訴えを起こします。
結果として、これらの情報もみだりに開示されたくないと考える情報の1つに変わらないと大学の行為は違法とされました。
確かに、氏名・住所・電話番号はいずれも個人の特定する基本的な情報です。しかし、情報を渡したくない人にまで開示されるのは気分が良くないでしょう。
裁判所もその辺りを考慮して氏名や住所、電話番号も法的保護の対象になると判断しました。
なお、プライバシーに関しては
- 宴のあと事件
- 石に泳ぐ魚事件
などがあります。
どちらもプライバシー権の侵害によって精神的ダメージを被ることを裁判所が認めたものです。
問題集を解いていきながら、ざっくりと押さえるようにしましょう。
違憲とされなかったケース
一方で、幸福追求権の判例では違憲とされなかったケースもいくつかあります。同じく重要判例をまとめていますので、結論と簡単な内容についてチェックしてください。
京都府学連事件
京都で学連デモを行っていた学生が、写真撮影していた警察の職務を妨害しました。警察の行為は公務に該当しないと学生は主張しますが、裁判所は以下の判例を提示します。
「確かに承諾なしに容貌を撮影されない自由は有する」
一方で、以下の要素があるときは写真撮影しても問題ないと結論を下しました。
- 現に犯罪が行われている(行われた)
- 証拠保全の必要性・緊急性あり
- 一般に許容される限度を超えない
結果的に、学連デモを行う学生の写真撮影をした警察の当該行為は適法とされます。
なお、写真撮影の際に第三者が写っていたとしても、行為が必ずしも違法になるわけではありません。除外できない状況など、許容されるケースがあります。
未決拘禁者の喫煙禁止
未決拘禁者の喫煙禁止は、特別権力との関係について争われた事例です。特別権力については、以下の記事でもまとめているので参考にしてください。
ある拘禁者(身柄を拘束された者)が刑務所で喫煙を希望したものの、看守には認められませんでした。そのため、苦役を課せられたと訴訟します。
裁判所側は、刑務所内の秩序に焦点を当てました。たとえ喫煙により火事を起こしたら、どさくさに紛れて逃亡を図る恐れがあります。加えて、拘禁者同士で示し合わせて逃亡を狙う機会も作りかねません。
喫煙にも一定の自由は認められる一方で、必要かつ合理的な範囲であれば制限するのも問題ないと判断しました。
住基ネット訴訟
住基ネットとは、市役所が管轄している市民の住所が把握できるデータです。市役所で勤務すると、毎日のように住基ネットを使って市民の情報を調べます。
しかし、この機能がプライバシーの権利を侵害するのではと争われた事例があります。
結論からいえば、最高裁は住基ネットの使用がプライバシーの侵害にはあたらないと判断しました。
確かに、住基ネットでは数多くの個人情報が収集されています。しかし、これらはいずれも本人確認に留まるものです。秘匿性の高い情報とはいえません。
さらに、住基ネットは行政によって厳重に守られています。外部から簡単に不正アクセスできるものではなく、セキュリティの面でも安全性の高いシステムです。
これらを総合的に判断した結果、住基ネットで本人確認する行為は違法にならないとしました。
どぶろく裁判
どぶろくとは米や米麹、水を原料としたお酒のことです。どぶろく事件は日本で無免許のままお酒を製造した方が、酒税法違反の罪に問われた事件を指します。
製造した酒が差し押さえられたものの、本人は「自己消費目的であるため違法ではない」と訴えを起こしました。
裁判所は「著しく不合理な規制ではない」と判決を下します。その理由は、酒税との関係です。
確かに、第三者に販売さえしなければ大きな問題はないと思うかもしれません。しかし、製造を放任しすぎると「免許もないのに、酒税を払わずお酒が飲めて」しまいます。
酒税法は、国の財源の一つである「酒税」の確保を目的としています。税との関係により、個人の権利に一定の制約が課せられた事例です。
幸福追求権の考え方
幸福追求権には、大きく分けて2つの考え方(学説)があります。
- 人格的利益説
- 一般的行為自由説
それぞれの内容について詳しくまとめましょう。
人格的利益説
人格的利益説とは、憲法13条が「個人の人格的生存」に不可欠な人権に限定して認めるとする考え方です。どこまで人権を与えるか、慎重に考える立場に立っています。
この説が提唱された理由は、人権のインフレを阻止するためです。個の自由はもちろん大切ですが、無制限に認めてしまうと結果的に価値を下げてしまいます。お金を刷りすぎると、価値が下がるのと同じ考えです。
人格的生存の意味が分かりづらいですが、一般的には「人間らしく生きること」を指します。しかし、憲法の学者でもさまざまな見解があり、特に髪型や趣味は当てはまるかの判断が難しい部分です。
ただし、人格的生存と関連性が薄い部分に関しても断じて権利を認めないわけではありません。一定の憲法上の保護は与えるべきだとされています。
学説上では、人格的利益説が通説(一般的な考え方)です。
一般的行為自由説
一般的行為自由説は、「人格的生存に限定せず」幅広く人権を認める考え方です。幸福追求権を人格的生存に捉えると、人権が狭くなりすぎる恐れもあります。あくまで人権は抽象的かつ相対的な概念として、幅を利かせた学説です。
とはいえ、どこまでの権利や自由を認めるかの基準自体は存在します。人格との関連性は判断材料の一つとなっており、希薄であれば保障が弱くなっても問題ありません。
まとめ
今回は憲法の幸福追求権より、判例をひと通りまとめてみました。
まずは、違憲と判断されたか否かに分けて覚えてください。この範囲は、エホバの証人の輸血拒否事件や前科照会事件などと有名な判例が数多く出題されます。
それぞれの結論と背景を把握し、試験に臨むようにしましょう。
司法試験レベルになると、幸福追求権の学説も理解しておいた方が賢明です。人格的利益説と一般的行為自由説はそれぞれ説明できるようにしてください。