青二才ヤマトノの学習帳

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体罰問題。果たして体罰は本当に悪なのか?

どーも、青二才ヤマトノです。

前回までのドッジボール紹介記事を見ていただいた皆様、本当にありがとうございます!

 

また大会が開催されたらコチラのブログでも周知します。

 

今回のテーマは体罰ですね。

 

体罰についての捉え方を皆さんと考えていきたいと思います。

 

 

 

【1.体罰の定義】

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体罰の是非について論じる前に、まずは体罰の定義について紹介していきます。

 

Wikipediaで申し訳ないですが、一応体罰の定義としては、

 

父母や教員などが、子供や生徒などの管理責任の下にあると考えられる相手に対し、教育的な名目を持って、肉体的な苦痛を与える罰を加えることを指す。

とのことです。

 

(下記リンクも詳細)

ja.m.wikipedia.org

 

一応、教育の一環として行われていることですが、それを盾にやりたい放題八つ当たりしてくる人がいることも確かですね。

 

教育を目的としているからといって何をしても許されるはずが無いですし、その線引きを曖昧にしているような人もたくさんいます。

 

間違いなく、そういう人間は教育者として失格な訳ですが、実際問題教育界ではさまざまな障壁が生じるため綺麗事で片付けられない部分も多々あります。

 

誰かが一方的に傷つけられて下手もすれば命の危機すらあり得る場合には、無理に割って入ってでも少々の体罰が必要になることはあるでしょう。

 

刑法的に正当防衛は第三者を守る際にも適用されますからね。

 

以上を踏まえ、体罰にはどういった側面を持つのかについて、次のチャプターで論じていきます。

 

 

【2.体罰が持つ正負の効果】

続いて確認していくのが、体罰が持つと言われる効果についてです。

 

効果にも良い効果と悪い効果があり、体罰はその両方の側面から見てどういった効果があるかを書いていきたいと思います。

 

 

負の効果

まず、体罰についていくつかの負の効果から先に説明しましょう。

 

体罰をされることによって最も懸念しなければならないのが心の傷です。

 

身体の傷とは違って、心の傷はそう簡単に治癒されるものではなく、体罰によって学校や組織がトラウマになることもあります。

 

これは最悪被害者の命を奪うことに繋がりかねないというのはまず押さえておくべきだと言えるでしょう。

 

また、体罰に頼ることでいじめを誘発するのではないかという見解も示されています。

 

クラスでいじめを誘発させやすい先生のタイプとして考えられているのが、お友達型先生体罰先生です。

 

結果的に児童・生徒に暴力を教えてしまう恰好となるので、長期的に見た場合体罰に頼るとかえって治安が悪くなることは考えられます。

 

児童・生徒も力による支配を覚えてしまうので、変なカーストを作ろうとするんですね。

 

とりあえず、体罰に頼るということは避けなければならないと言えます。

 

 

正の効果

負の効果を踏まえた上で、教育界ではタブーかもしれませんが正の効果について書いていきましょう。

 

一応、体罰には一時的に相手の心を動かすことができるという効果はあります。

 

緊張が一瞬にして訪れるので、短期的に見た場合は気を引き締める効果はあると言えます。

 

こちらの論文を是非読んでみてください。

 

(題:高校の部活動における体罰経験と体罰に対する評価をめぐって

著:平田 忠 小松 恵一)

https://sendai-u.repo.nii.ac.jp/index.php?action=repository_action_common_download&item_id=1217&item_no=1&attribute_id=22&file_no=2&page_id=28&block_id=36

 

 

 

体罰に関するさまざまなアンケートがありますが、実際に体罰をされた経験があるか否かで体罰に対する評価もまた大きく異なります。

 

そして、体罰を受けた際に感じることは「自分が悪い」という自責の念を持つ方が最も多いという結果となっており、体罰を経験した方は体罰について「時と場合によっては必要」と回答する方が多いのです。

 

反対に体罰を受けて来なかった人は体罰が一切不要と訴える人が多かったようですね。

 

これについてはさまざまな見方ができます。

 

言い方は悪いですが、体罰を受けた方が洗脳されているとも捉えられますし、反対に体罰を受けなかった人は妄想で体罰を批評している可能性もあります。

 

体罰については今後もまだまだ研究の余地があり、一概に答えを出すということはできません。

 

 

【3.教育者が押さえるべきこと】

とここまで、体罰の賛否を両方の角度から覗いたわけですが、教育者として絶対に忘れていけないのは教育という盾を取っ払った場合体罰は単なる暴力にしか過ぎないということです。

 

教育という盾があり、その一環で行われているから美化されることもあるわけで、実際の行動を見れば単なるビンタやゲンコツなわけですよね。

 

つまり、いつでも刑事訴訟や民事訴訟の的になってもおかしくありません。

 

度が過ぎれば傷害罪として重い罰を被らなければなりませんし、最悪の場合は自殺関連罪の罪に問われることもあります。

 

ただ、体罰の現状を把握して利用しようとする頭の回る子どもがいるのも事実です。

 

僕はどう頑張ってもそういう卑怯な子を好きにはなれませんね。(言ってしまった笑)

 

ですが、その子の思う壺になってしまったらやはり教育者としては未熟ですし、挑発に乗らない凛とした姿勢が求められます。

 

個人的な見解ではありますが、子どもの罰ももう少し考えなければならない境地に来ていると感じてしまいますけどね。

 

戦後直後は子どもが犯罪に利用されるというケースが相次いで少年法が整備されるようになりましたが、今では少年法を盾に暴走するような人もいますからね。

 

現在は少年法の見直しも進んでいるので、今後は子どもが問われる社会的責任もまた大きく変化していくかもしれません。

 

教育は本当にさまざまな悩みがありますよね。

 

コーチやっていた頃は僕自身もたくさん悩みました。

 

そこで、かなり教育論を支えてくれたのはこちらの本です。

 

割と新しい学問分野である教育経済学にかかる本ですね。

 

有名な書籍ですが、科学的根拠に基づいて教育を研究しているので、子育てに悩む親御さんの力強いパートナーになること間違い無しです。

 

さらに、最近買った本ではスポーツの心理学もまた素晴らしい書籍だなと思います。

 

こちらはテキスト形式の本となっているので、指導の勉強には欠かせません。

 

いろいろな知識を学ぶことができるので、純粋に頭良くなった気分になれます笑

 

コーチ時代に読んでいたら真っ先に練習で導入していたでしょう。

 

 

【4.終わりに】

本日は体罰という言葉を中心に、さまざまな見解を紹介してみました。

 

スポーツの世界のみならず、教育界において大きな課題となっている体罰問題。

 

しかし、体罰を完全無欠の悪とみなすだけではなく、あえて善悪両方の見地に立つということが重要です。

 

そこから見えてくる新たな問題に対処していくためにも、偏った見方は避けなければなりません。

 

世論に流されるだけではなく、実態を見ていくことが何よりも大切なのです。

 

というわけで今日の記事は以上です。

最後まで読んでいただきどうもありがとうございました!

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