「やまとの」教室

【学ぶ・感じる・考える】

『闘志の夜明け』ドッジボール島根県予選

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どーも、青二才ヤマトノです。

 

本日は島根県で行われた県大会予選について紹介していきます。

 

世間は全国共通テストで話題持ち切りとなっていますが、ドッジボールのセンター試験もまた各地で開催されています。(センターという言葉は死語なのかもしれないけど笑)

 

さまざまな課題をクリアしながら開かれた都道府県大会。

 

その行く末はしっかりと最後まで見届けたいですね。

 

 

 

【1.島根県王者】

島根県予選で見事王者となったのは朝山ファイターズでした。

 

おめでとうございます!

 

朝山ファイターズも歴史あるチームで、初めて全国大会に出場したのは2000年の夏にあたる第10回大会でした。

 

初の全国では予選リーグで敗れ、そこから夏は2016年夏まで2度進みましたが、どの大会も1勝を上げることができませんでした。

 

しかし、初となる春の全国大会出場となった2017春(第26回大会)で初勝利を果たし、その勢いのまま予選リーグ1位突破でトーナメントに進出します。

 

トーナメントでは勝ち進むことができませんでしたが、この大躍進はチーム史を大きく塗り替えました。

 

そして、2017年夏に夏春合わせて3大会連続の全国大会出場!

 

予選突破まではならなかったものの、1勝はマークしました。

 

次に目指すはトーナメント戦での勝利。

 

そして、その勢いで頂点まで届くか!

 

2度目の春に期待がかかります。

 

 

【2.気持ちで勝つこと】

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よく勝負事で言われるのが、気持ちで負けるなという言葉ですね。

 

シンプルでありながらも非常に抽象的な概念です。

 

これは個人的な見解になりますが、ただ「勝つ」ということだけを意識しても足りないと考えています。

 

強い選手が持っているのは「余裕」です。

 

この「余裕」を打破していくためには、ガムシャラかつ喰われない心が必須となります。

 

特に一度も勝ったことがないチームと対決する際には、これまでの負け癖を何とか打破しなければなりません。

 

ドッジボールに厄介なのが相性で、実力が拮抗していると必ず付き纏ってくる壁になります。

 

さらに面白いことに、相性というのはチームカラーが大きく響くこともあるんですね。

 

実は杉小キャイーンブラザーズも代々福島県のAoiトップガンには苦戦を強いられてきました。

 

我々の代も東北大会で敗れて全国を逃しましたし、最強の代も数少ない黒星をAoiトップガンに喫しているのです。

 

もちろん、Aoiトップガン自体が強いチームであることには変わりないのですが、戦う前から何か不安になるという印象はありましたね。

 

この不安を払拭し、ここまで練習や対策を取ってきたのだから大丈夫だと自信を持てるようになることが大切です。

 

逆に言えば、普段の練習から試合を意識しなければ、気持ちで勝つことは難しくなります。

 

 

【3.適度な緊張感】

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緊張するのはダメ、リラックスが大事と極端に言われることもありますが、個人的には必ずしも正解とは限らないと考えています。

 

緊張という糸は集中力にも結びつくと考えていて、極度にリラックスを重視してしまうとそれこそ気持ちの差が現れてしまいます。

 

特にドッジボールという一瞬の隙も許されないスポーツでは、この緊張感のバランスは欠かせません。

 

強いチームはスイッチの切り替えが上手なのです。

 

試合が始まる前のミーティングというのは特に大切で、ここでいかに気持ちを切り替えられるかがポイントとなります。

 

 

【4.楽しむということ】

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「楽しければいいじゃないか」と楽観的に考えるのが正義みたいな主張が推されていますが、何事にも負けるのが大っ嫌いな自分は練習が鬼厳しい杉小で戦えて良かったと思っています。

 

僕がここまでドッジボールに濃い思い出を持っているのも、全国大会で準優勝したという経験から来ていますし、勝ち負け関係なくただ楽しくやっていたら恐らくドッジボールの思い出は無かったと思います。

 

「ああ、そんなこともやってたな」くらいにしかならなかったですね。

 

ぶっちゃけ言うと杉小の練習はめちゃくちゃキツかったですが、これを乗り越えたからこそさらに濃い楽しさに辿り着けたのかなと考えています。

 

これは僕自身の経験から来ている確かな思いです。

 

やはり、そこに辿り着いた者にしか分からない景色というものはあるのです。

 

その景色まで辿り着いていないのに、安易にダメだと断言するのは辿り着いた者のアイデンティティの否定と変わらないと思うんですよね。