どーも、青二才ヤマトノです!
本日は「指導者はプレイヤーにならなくてもいい」というタイトルではありますが、1つ勘違いしてほしくないのが指導者兼プレイヤーを否定するという意図はないということです。
後述でやや紛らわしい表現をしてしまいますが、今回はプレイヤーじゃなくとも指導者として十分できるということを書いていきます。
【1.指導者とは】
指導者とは、文字通りある物事を指導して教える立場にある人を指します。
英語でよくコーチと言われますね。
日本で言う指導者は、小学生スポーツで言えば子どもたちとともに二人三脚で歩んでいくという捉え方が多いですが、海外に行けばどちらかと言うと技術提供係というイメージの方が強いところもあります。
指導者の条件としては、まず人格者であることが最優先で、そのスポーツの知識をしっかりと蓄えておかなければなりません。
しかし、知識=経験という考えは誤りで、経験者ではなくとも一から学んでスポーツ科学に富んだ方であればコーチとなる資格はあります。
実は遠い知り合いでお酒が一滴も飲めないのに酒屋を営んでいる方がいるのですが、その方はお客さんの意見を念入りに聞いてその研究から美味しいお酒を提供しているそうです。
上の例を当てはめていけば、勉強次第で例え未経験だとしても最高のチームを作ることは十分可能です。
【2.指導かプレーか】
指導者兼プレイヤーの方が1番意識しなければならないのが両方を必ず分けて考えるということです。
公式ドッジボールも今では一般の部にチームが参加するようになりましたが、その力を見せつけるためだけの指導は子どもに悪影響を及ぼしかねません。
小学生ドッジと一般ドッジはスタイルがまた異なるので、まずは確実に分けて考えることが大切です。
僕の場合は、コーチをする際には一般の部でドッジボールはしないということを決めていました。
どうしても人が少ない場合に助っ人で入ることはありましたけどね。
理由としては、確かに一般の部では全く自分自身使い物にならないというのもありますが、純粋に小学生時のプレーの記憶を鮮明に残したいという意図があったからです。
ただ、これは僕自身が器用な人間では無いからであり、しっかりと分けられる方は兼任しても問題ないと思います。
純粋に趣味としてプレイヤーを楽しみたいという方も多いでしょうし。
ここで言いたいのはどちらが良いか悪いかではなく、無理にプレイヤーとして参加し、あるいは上手くなる必要は無いということです。
【3.線引きは必要】
僕自身、コーチ時代に子どもたちからどう思われていたかは分かりませんが、僕が子どもたちと接する時はある程度の線引きは意識していました。
子どもの領域にズカズカ入ることは基本的にしないです。
そうすることで、子どもたちを客観的に評価することができるんですよね。
これは、贔屓をしなくなるというメリットがあります。
だから、ぶっちゃけ喋りづらい印象はあったのかなと思います。
ただ、僕自身はどう思われようとも子どもたちに最高の成績を残して自信を付けさせるというのが1番の使命だと感じていたので、実際に指導している間は揺らがなかったですね。
当時は大学生で精神的に未熟な面もたくさんありましたが、子どもたちが本当に頑張ってくれたお陰で宮城県に1チーム残すための一助は果たせたのかなと。
その過程でいろいろありましたが、宮城県ドッジボールのため、ドッジボールをやりたい子どもたちのためにも良い状態でチームが存続できれば本望ですね。
話は逸れましたが、お友達コーチも良い側面はあるのかもしれません。
ですが、度が過ぎてしまうと子どもたちからの信頼は失ってしまいます。
もし、指導関係で悩みを抱えた方がいれば、1つ本を紹介します。
こちらは実際にアスリートの方が書いたもので、この方の陸上人生について語られています。
タイトルからして視点が凄いなと思いますが、内容はプレイヤーとしても指導者としても参考になるものばかりです。
ここにコーチという概念も丁寧に説明しているので、指導で迷った際に必ず灯火となってくれます。
指導していた頃に読んでみたかったですね。
【4.終わりに】
本日はドッジボールを中心に指導者とプレイヤーについて書いてみました。
指導者はプレイヤーとしても上達しなければならないということはありません。
たくさん勉強して、その知識を活かせれば良いのです。
僕のYouTubeチャンネルはまさにドッジボールの勉強の宝庫だと思います。
これは、当時の杉小キャイーンブラザーズの保護者さんが欠かさずビデオを撮影していただいたからであり、常日頃からドッジボールの試合を観れる環境にあったので杉小は伝説を残せました。
ぜひ今後とも参考にしてみてください。
というわけで今日の記事は以上です!
最後まで読んでいただきどうもありがとうございました!