青二才ヤマトノの学習帳

ドッジボールは最高のスポーツ

ドッジボールの戦いの記録 中期

どーも、青二才ヤマトノです!

今回もドッジボールシリーズを盛り上げていきましょう!

 

第4弾となりました、ドッジボールの歴史を振り返る記事です。

 

今回は中期ということで、またたくさんのチームが出てきます。

 

なお、今日もいくつか項目は分けますが、少し年が前後します。

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◉目次

 

 

 

【1.全国総王者時代】

この中期の特徴は、全国都道府県のどのチームも王者になる可能性を秘めていたということです。

 

近年もそうですが、大体の年代は絶対的な王者が居てそのチームが確実に決勝まで勝ち進んでいくのですが、この頃は優勝候補もいつどこで負けるか分からない怖さがありました。

 

全国的に必ず1チームは化け物クラスのチームが存在していたというイメージがあります。

 

2006年3月の第15回大会春は長崎県から初の全国王者が誕生しました。

その名は、旭フェニックス

 

予選リーグでは、新潟県のY.D.Thisに内野数が2人になるまで削られて敗れますが、2位でトーナメント進出してからの快進撃が凄まじかったです。

 

圧倒的な攻撃力でそのまま全国王者の座をもぎ取りました。

 

2007年度と2008年度は同じチームが夏春優勝した年です。

 

実は金剛寺ファイターズが1996年度の第6回大会に夏春連覇を果たした以来となります。

 

第17回大会は

木曽岬ラッキーキッズ(三重県

第18回大会は

杉小キャイーンブラザーズ(宮城県

がそれぞれ偉業を成し遂げたのですが、どちらも道中でかなり危ない試合がありました。

 

特に杉小キャイーンブラザーズは確実に天下を取ると話題に上がりましたが、同じく九州にはオオハタブレイカーズ大分県という強豪が名を馳せていました。

この両チームの決勝戦は、本当にどちらが勝ってもおかしくない試合でした。

 

また、夏の全国大会準々決勝で戦ったWAKABA-CLUB(東京都)との試合も危なかったです。

 

時代が上下しますが、木曽岬ラッキーキッズも春の全国大会1回戦で当時5年生集団の杉小キャイーンブラザーズと対戦したときは追い詰められていました。

 

全国どこと対戦しても、全く気を抜くことができない年だったと言えます。

 

動画はこちらです。

youtu.be

 

youtu.be

 

【2.超人アタッカー】

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さらに、この頃は普通の小学生ではまず考えられないぐらいヤバいアタッカーがゴロゴロいました。

 

球が速いだけではなく、精神面でも本当に小学生かと目を疑う選手は多かったです。

 

まずは、 2006年度のSuper Yankees(愛知県)の1番

彼は球速もありますが、何より1人で黙々と投げ続けられる体力とコントロールがズバ抜けていました。

 

機械のように正確なアタックと疲れることを知らないスタミナは常識を超越していましたね。

 

次に2007年度のしまだファイターズ(愛知県)の1番

彼は『頼れる男』と応援で呼ばれるぐらい、ピンチを救ってきたエースです。

彼が凄いのはゲームの支配力と存在感

また、マルチプレイヤーで人を使うことにも長けていたのが素晴らしかったなと思います。

 

次に2007年度の木曽岬ラッキーキッズの3番

名外野として知られる木曽岬のキーパーソンです。

彼はノールックのフェイントアタックが芸術的でテクニックは歴代外野選手の中でもトップを争うレベルで優れていたなと感じました。

 

また、2008年度の杉小キャイーンブラザーズの2番も同じく名外野として知られています。

彼はかつてレーザービームと例えられたボールスピードを持っているのもありますが、何より投げ返しの速さが人間離れしていました。

さらに、勝負勘も優れていて、絶対に当ててほしい場面で殆ど逃さなかったと思います。

 

そして、2009年度の横内レッドサンダースの1番

彼は、球速と破壊力が小学生とは思えないものを持っていました。

今までの選手の中でも1番速いという話もあります。

3mしか投げるスペースのない外野に出ても球速は少しも衰えず。

一瞬で戻ってくる復帰力もかなり驚異的でした。

 

 

【3.伝説は永遠に残る】

ここで、あるチームについて最後に取り上げます。

 

2007年春に全国大会制覇を果たした

 Super Yankees(愛知県)

 

13人で挑んだ全国大会では、小柄な選手も非常に多かったという印象があります。

 

内野と外野を1人ずつ置いて、1本道のみのパスワークで攻めるチームでしたが、この精度が卓越していて一度ハマると抜け出せないアリ地獄のような恐ろしさがありました。

 

勝戦では、2セットとも相手内野数を0にするという完封勝利で全国の王者となりました。

 

ですが、この大会が終わった後にチームは解散

当時は春の全国大会で優勝したチームは翌年の全国大会出場権が与えられていたのですが、 Super Yankeesは姿を見せることがありませんでした。

 

これまで解散したチームはたくさんあります。

上記に挙げたしまだファイターズも解散しました。

そして、杉小キャイーンブラザーズはチーム名が変わって新体制で活動しています。

 

チームも人間と同じでいつかは寿命があります。

ですが、これまで残してきた記録や記憶は皆んなで協力すれば語り継ぐことができます。

 

形があるものはいつかは無くなってしまいます。

だから残っているうちに、私は伝えていこうかなと考えています。

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【4.終わりに】

本日はドッジボールの歴史の中期として、紹介していきました。

 

次回からは少しずつ皆さんの記憶にも新しいチームが登場していきます。

 

因みに、この区分は完全に私が勝手に区切ったものなので、人によっては歴史の切り方が変わってくるかもしれません。

 

というわけで今日はここまでとなります。

最後まで読んでいただきどうもありがとうございました!

また、これまでと同様にアメブロでも19:05を目指して記事を更新します!

https://ameblo.jp/jorijorijapan/entry-12623955728.html

 

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