青二才ヤマトノの学習帳

ドッジボールは最高のスポーツ

「あなたのため」の指導は大丈夫?

どーも、青二才ヤマトノです!

青二才ヤマトノの学習帳では、法律やニュース、スポーツの3つのテーマから人間関係や秩序について学んでいきます。

 

もし、興味が湧いてきましたら、ぜひ他の記事も参照してみて下さい。

 

本日はスポーツから人間関係の見落としどころについて説明していきます。

 

特に、今回は保護者や指導者という大人達が中心となるお話です。

 

 

◉目次

 

 

【1.パターナリズム

さあ、早速サブタイトルによく分からないカタカナが出てきました。

 

皆さんは、パターナリズムという言葉をご存知でしょうか?

 

パター?…ゴルフ?

リズム…ダンス?

いろいろと頭の中で想像してしまう言葉ですね。

 

はい!答えは今日のタイトルにあります。

 

「あなたのため」という意味ですね。

 

もう少し細かく説明しますと、立場の強い人が弱い人の利益を名目にして、気持ちを考えずに方針を決めつけてしまうことを指します。

 

例えば、親が子どもの将来のためを思って、進路を決めさせるみたいなことです。

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『〇〇高校に本当は子どもが行きたいけど、△△高校に行かせたい親が子どもに△△高校へ行かせる』というようなことも未だに聞くことがあります。

 

そこには、もちろん経済的な理由もありますが、どうしても子どもに選択をさせない親は意外と多いようです。

 

それが後に独りで決断できず、生活の妨げになってしまいます。

 

一見、子どもを可愛がっているようにも見えますが、逆に子どものアイデンティティを奪いかねないという危険性も孕んでいるのです。

 

 

【2.指導者のパターナリズム

これは、私の反省点でもあります。

しくじり先生にオファーが来たら、このお話はするかもしれません。

 

私の場合は、ドッジボールで全国大会準優勝を経験してしまったあまりに、指導する際も基本ベースは我々の頃の練習に焦点を当てていました。

 

チームも全国大会出場を目標に掲げていましたが、その厳しさも一種のパターナリズムだったのかなと未だに思います。

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これが例え個人競技でしたら、選手との意思疎通も図りやすく、直接目標に向かってお互い切磋琢磨し合いやすいかもしれません。

 

ですが、人数が多くなればなるほど、皆が同じ方向を向かない可能性は高くなるので、案外目標設定自体がデリケートな問題となるのです。

 

ドッジボール界の甲子園であるカラーコートでプレーすることに憧れを抱く者もいれば、単純にドッジボールそのものを楽しみたい人もおります。

 

全国大会出場という目標が空気によって作られたパターナリズムなのかどうか、今の僕にはそこが難しくて後30年は指導に回らないでしょうね。

 

その裏にはチームを新しく立ち上げたい思いもありますが、いずれにせよ指導は誰かにお願いしたいです。

 

 

【3.保護者のパターナリズム

僕はいくら考えても上記の解は求められませんでした。

これはあくまで指導者としてのパターナリズムですね。

 

ですが、反対に僕は今後保護者としてのパターナリズムに悩む日が来るかもしれません。

 

指導方法で監督と揉めるみたいなことは一切しないつもりですが、下手をすればチームを移行させるという案も出すかも分からないですからね。

もちろん、もし子どもがスポーツをやるとしたらですけど。

 

そこは、きちんと子どもの意見を尊重したいなと思います。

ただ、逃げ道はいくらでも作っておく前提で。

 

ですが、その子どもとのコミュニケーションを超えてしまって監督と衝突する親も結構おります。

 

例えば、子どもが監督に怒られているとき。

 

子どもが流す涙は自分の不甲斐なさかもしれません。

 

それを単純に虐められていると捉えた保護者が監督と騒ぎを起こした場合、一種のパターナリズムが生まれてしまいます。

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僕も学生時代に寒空の下で先生に約1時間説教されたことがありました。

 

真冬だったので、案の定僕はその次の日に高熱を出して学校を休まざるを得ませんでした。

 

僕は家族と学校は完全に分離して考えていたので、あまり学校の話は親にすることはしなかったのですが、たまたま愚痴を零したんですよね。

 

そうしたら、母親が学校に電話をすると言い出したので、母親と大喧嘩したことがあります。

 

「恥ずかしすぎるから勝手なことするな」と。

この記事を母親が読んだら怒られそうだな笑

皆さん、くれぐれもご内密に(笑)

 

そういうわけで、子どもは意外と賢いところもあって、行きすぎた保護者の行動に困惑している可能性もあります。

 

とはいえ、本当に子どもがピンチに陥っていることもありますし、話し合っても言えないケースがありますからね。

 

特にイジメ問題は最も難しいです。

賢いあまりに親に心配をかけさせたくないという子どももたくさんおりますし。

少しでも無理強いして、親が救い出すというケースも中にはたくさんあるでしょう。

 

人間関係はこれといった答えが出ないので、延々と悩み続けます。

 

ただ、常に考え続けることが大切だと言えますね。

そこで出した答えを何度もリサイクルするのが今の僕が考える一番の対処法です。

 

 

【4.終わりに】

今日は僕の経験談も踏まえて、スポーツにおけるパターナリズムを考えていきました。

 

先述したとおり、このような人間関係には正解がありません。

 

僕の考えが100%間違えていることももちろんあります。

 

そこは、個人の価値観とも言えますし、時代とも言えます。

 

元々、このパターナリズムという言葉は家父長制に当てはめられています。

 

父の言うことが絶対的な権利を持つ家の特徴ですね。

 

現代では、さまざまな視点から家父長制の否定もされておりますが、明治時代あたりの頃は間違いなくこのあり方が正解だと思われていたはずです。

 

それが約150年の歴史を経て、今の家族観に至っております。

 

このように常識は時代の移り変わりで簡単に姿を変えていきます。

 

だからこそ、自分の答えをまずは求め出し、その答えを常にリサイクルする作業が必要なのです。

 

その手が救いの手なのか、それともありがた迷惑なのかを決めるのは大人ではなく子どもです。

 

ですが、子どもには歩いたことのない世界を大人は知っております。

 

どこに、落としどころをつけるかどうか。

でも、真に相手を思いやる気持ち、言い換えれば自己満足ではない心があって初めてたどり着く悩みです。