青二才ヤマトノの学習帳

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Twitterと議論

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Twitterでまた起こったハッシュタグ批評。

 

憲法で権利として認められている表現の自由が保障される世の中だと改めて思うとともに、そこで繰り広げられる議論について疑問も拭えません。

 

今日はTwitterで起こる言葉の争いについて見ていきましょう!

 

 

◉目次

 

 

【1.解のない世界】

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まずは、最初のチャプターの意図を紹介します。

 

皆さんは、生活を営んでいくなかで、

幾多の解のない苦しみを感じてきたことと思います。

 

分かりやすく言いますと、答えのない悩みですね。

 

恋にしたって、友情にしたってそう。

しつけも答えはほとんどありません。

 

答えがないからこそ、その状況に立ったときはとにかく考えて、自分なりの最善の策を尽くす努力をするはずです。

 

そこで、得られた成果をその次にそびえ立つ壁を乗り越えるときに生かすわけです。

 

政治にせよ、教育にせよ、お笑いにせよ。

 

皆んなが解なき世界で戦っています。

 

それを支持することもまた解のない選択なのです。

 

誰が誰を支持しようと、それはその人自身の信条であり、思想であります。

 

如何なる思想も内面にある限りは必ず保障される、

これが思想・良心の自由です。

 

 

上に貼り付けたツイートは、先程私が呟いたものです。

 

確かに、どのような思想を持とうが、誰を信じようがその人の自由です。

 

それをSNS上で発信するのも表現の自由で保障されているので何も問題はありません。

 

だが、だからといって好き勝手に言葉をぶつければいいというものでは無いということを説明したいと思います。

 

 

【2.弾圧】

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では、そもそも表現の自由はどのようにして生まれたものでしょうか?

 

よく、戦前は表現の自由が無かったと言われますが、これは正確に言えば違います。

 

表現の自由という概念自体はきちんと存在していましたし、

大日本帝国憲法にも保障はされてありました。

 

ただし、「法律の範囲内において」という条件付きですが。

 

この法律には、厄介なことに治安維持法も含まれていました。

 

治安維持法も元々は過激な社会運動を取り締まるのを期待されておりましたが、それはやがて多くの活動家が弾圧される結果となりました。

 

結果的に表現の自由が過剰に規制され、戦後は廃止されたのです。

 

今の世の中は公共の福祉を脅かさない限り、言動や行動は自由になっております。

 

政治に対して否定的な意見を述べたところで、獄中で暮らしたり殺されたりすることはありません。

 

だからこそ、SNSを通して政治に対する論争が起こるのですが、そこで自身の考えとそぐわない人を弾圧しようとする動きも見られます。

 

意見が合わない人に対して

「もっと勉強しろ。」

とぶつける人が多いです。

 

ここでいう、勉強とは何かを僕は考えてしまいますね。

 

例えば、「日本は大統領制だ!」と発信してしまったら、もっと勉強しろと言われても文句は言えませんが、本当にそれが正しいという確信は政治に殆ど無いんですよね。

 

常識的に正常に見えても何か裏があるかもしれないし、単にセオリー通りかもしれない。

 

だから難しいんですよね。

 

本気で勉強していれば、数多の思想や信条に埋め尽くされて簡単に答えを見つけ出せないことが分かるはずです。

 

相手を無知だと貶して得意げになっている人こそ、何も核心を掴まないまま闇雲に心酔してしまっていると言えます。

 

後は、やたらと非国民扱いする人もいますね。

 

「意見が合わない人は非国民

 

そういう発想そのものが弾圧でしょうな。

 

このような人こそ、誹謗中傷問題の際には、積極的に表現の自由を掲げるんですよ。 

 

批判も表現の自由でしょうと。

矛盾ですよね?

 

ちゃんと勉強してから言えという言葉もそうです。

勉強しなかったからといって、表現してはいけないということはありませんよ。

 

最も、勘違いで相手の名誉を下げることはNGですがね、ら

 

 

【3.SNS

最後に、SNSの良い使い方について説明します。

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SNSには、いろんな人間がいます。

 

ということは、固まってしまった自分の考えを和らげる材料がたくさん眠っているのです。

 

終身雇用制度が崩壊しかけているのも、SNS含めたインターネットの台頭です。

 

誰もが、あらゆる方法で稼ぐツールを手に入れました。

 

そして、そのヒントを与えてくれているのが、SNSを通して張り巡らされた人間関係のクモの巣です。

 

あらゆる考えを受け入れてこそ、人は進化していきます。

 

自分の確固たる信条を持つのは素敵なことです。

 

ですが、それは人に強要するものではありません。

 

また、それを振りかざして敵視するものでもないです。

 

表現の自由を掲げるのなら、その意図を今度は自分自身が勉強して感じてほしいなと思います。

 

 

【4.まとめ】

今日は、SNSで少し気になったことを書いてみました。

 

また、せっかくなんできちんと社会科学、今回は人文科学の内容も少し取り入れてみました。

 

文系批判も一時期流行りましたが、SNSから人間関係を考えていくヒントをこうして見ていけば、文系も悪いものではないでしょう。

 

重要なキーワードは、

  • 解のない世界で不確かな答えを強要するな
  • 表現の自由の意図を見直す

といったところですかね。

 

本日も駄文失礼しました。

それでも最後まで読んでいただいた方に敬意を表しますm(_ _)m

 

また、先程したようにTwitterで情報提供しております。

ぜひ、気になる方はご確認よろしくお願いします!

青二才ヤマトノ@はてブロ✍️ (@springboksrose) on Twitter